過去は一切関係ない——後悔をほどく、未来からの時間の見方
過去をいくら悔やんでも、今と未来が、それで良い方へ変わることはありません。多くの人が、心のどこかで、それに気づいていることでしょう。頭ではわかっていても、「あの時こうしていれば」と、済んだ判断や選択を、何度も巻き戻して眺めてしまうものです。ですが、いくら巻き戻しても、もう一度やり直せるわけではないのです。
ではなぜ、私たちはそれでも、過去を振り返り、後悔してしまうのでしょうか。
これは、私たちの心が弱いからではありません。失敗の記憶が強く残るのは、生物として、ごく自然なことなのです。はるか昔、一つの失敗が、そのまま命の危険につながっていた時代がありました。同じ過ちを繰り返さないために、痛みを伴う記憶ほど、深く刻まれます。私たちは、その名残を、今も受け継いでいるだけなのです。
コーチングでは、こうした強い情動とともに刻まれた記憶を、情動記憶(emotional history)と呼びます。それは、今のあなたが「何を安全とし、何を危険とするか」を、背後で決め続けている評価の装置です。
ですが、考えてみてください。現代では、たいていの失敗は——たとえお金が絡んでいても——そのまま生存の危機になることは、ほとんどありません。命を守るために作られた仕組みが、もう命の危険のない場面で、過剰に働いてしまっているのです。それが、後悔という反応の正体に近いのかもしれません。
そもそも「過去」とは、どこにあるのでしょうか。それは、もうどこにも存在していません。あるのは、今のあなたが思い出している、心の中の風景だけです。それも、絶えず書き換えられていく、移ろいやすいものです。過去という出来事そのものを、私たちは、もう持っていないのです。
だとすれば、「過去は一切関係ない」という言葉の意味も、変わってきます。これは、過去を冷たく切り捨てよ、という話ではありません。今のあなたを本当に形づくっているのは、過ぎ去った出来事ではなく、あなたがどんな未来を見ているか——その一点なのだ、という話なのです。
苫米地式コーチングが、ゴールを「現状の外側」に置くのも、同じ理由からです。私たちの時間は、過去から未来へ流れていくように感じられますが、認知の上では、むしろ逆です。どんな未来を本気で思い描いているかが、今のあなたの選択や行動を、決めていくのです。未来が、現在をつくる。これが、苫米地式コーチングの時間の捉え方です。
未来側の景色が、今よりも鮮やかに、リアルに感じられてきたとき——同じ過去は、もう「後悔の材料」ではなくなります。それは、今のあなたを縛る鎖ではなく、ただ通り過ぎてきた一つの風景として、後ろに流れていくのです。
ですから、過去に、いつまでもとらわれている必要はありません。そこから学べることだけを受け取って、あとは未来の側へ、視点を移して良いのです。過去から学び、今と未来へ活かす。そのような姿勢でいるからこそ、人は前を向いて、幸せでいられるのです。
本当に幸せを感じて生きたいのなら、過去を、一切の重みとして背負わなくて良いのです。
あなたを決めるのは、終わった過去ではなく、これから描く未来なのですから。