過去という不確かなもの
蓮彩聖基
ふと昔のことを思い出して、胸がざわつく瞬間があるのではないでしょうか。あのときああすればよかった、あんなことを言われた、と何度も同じ場面を反芻してしまう人もいるでしょう。
ですが、私たちが「過去」と呼んでいるものは、思っているほど確立しているものではないのです。
同じ出来事でも、いまの自分が心理的に満たされていれば良い経験として思い出され、いまが苦しければ傷として蘇ってくる。過去の意味合いは、いまの自分がその都度決めているわけです。
もちろん、過去を完全に記憶から切り離すことはできません。私たちの行動は、過去から現在までのあらゆる判断、感情、記憶、期待などが時間の上に累積された総和として現れています。
記憶はホメオスタシスの一部として、私たちの今を絶えず形づくっているのです。
ただ、できないのは「記憶からの完全なる切り離し」であって、「認知的な決別」はできるのです。過去の出来事に与えていた意味づけ、評価関数そのものは、いまここで書き換えることができる。それが私たちが誰もがもっている認知構造なのです。
限られた時間を、過ぎたことの再生に使うのか、これから訪れる未来の臨場感を上げることに使うのか。エネルギーの向け先は、いつでも選び直せるのです。