コラム

自由意志という幻想——苫米地理論で読み解く意思決定

蓮彩聖基

今朝あなたが飲んだ、コーヒー・紅茶は本当にあなたが選びましたか?「当たり前でしょ!」そう思ったのなら、もう認知戦の罠にかかっているかもしれません。

苫米地理論、潜在ポテンシャル統一理論では、この「当たり前」を数式で見直すことができます。

Ego = πc(x) = arg min_{u(t)} E[∫₀ᵀ V(x(t),t) dt] → x*(t) → TCZ

V(x,t) は評価関数——その瞬間、その認知状態における「心のしんどさ・認知的不安定性」を表します。つまりこの式が示しているのは、「自我Egoとは、現在を含むこれから先のVの累積が最小になる行動を、毎瞬計算し続けている装置」ということです。そしてその計算結果(最適軌道 x*)は、TCZ(トータルコンフォートゾーン)に必ず収束する、と読めるわけです。

あなたは自分で意識的に選んでいると思っているかもしれません。それも「当たり前に」。しかしそれは単調な考えであり、表層的な掴みなのです。私たちの認知現象はもっと深淵なモデルなのです。瞬間瞬間の判断は、意識的に選んでいるわけではなく、Egoという最適化装置が処理をしているのです。

ではそのVは、いつ出来上がったのでしょうか。

小さい頃から周囲の大人たちから言われてきたこと、親や学校の先生。たくさん見てきたテレビ、SNSなど。もしくは、大切な人からのたった一言でも心に刻まれた言葉など。つまり、自分以外の誰かの手で作り上げられてきていると言って過言ではないわけです。

そして今この瞬間も、私たちの認知は書き換えられています。認知戦において直接的命令はいりません。広告やリサーチを積み上げて当てに行く帰納的なマーケティング・ブランディングも、本質的なものではありません。

あなたのV(x,t)がそっと書き換えられるだけで、あるいはTCZの境界がわずかに揺さぶられるだけで、あなたは「自分の意思で」行動していると思いながら、仕掛けた側の望む行動を遂行してしまうのです。

本人は最後まで気づかない。これが直近でホルムズ海峡で起きた事例です。

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