コラム

天才性と無限の可能性

蓮彩聖基

周囲の人よりも遥かに凄いと言われている人、その分野で周りよりも圧倒的な結果を出している人、良い意味で常軌を逸してるような人のことを私たちは天才と言ったりしますね。天才と言われている人は生まれながらに天才だったわけではなく、尋常ではない努力によって花開いた。と言ったりもしますね。

一般に多くの人は凡人なのでしょうか。私は違うと思っています。誰もが無限の可能性を持っている。そして誰もが天才だと思っています。これは勇気づけるために言っているわけではなく、本当に心からそう確信をしているのです。

しかし、その天才性というのが生まれた後の環境であったりその後の、社会生活の中で閉ざされてしまっていると考えています。物理的に身長が周囲よりも高いとか、手足が長いとかそのような差異は多くのケースであるかもしれませんが、それも全体の中では誤差の範疇なのです。私たちが持っている無意識の能力というのは本当にすごいものなのです。

しかし多くの場合天才性が発揮されるような環境ではないことが多いのです。特に求められていなかったというのも挙げられます。集団行動を早くから教えられますから、多くの場合その集団の輪を乱さないように周囲と同調することが求められているはずです。周りと違ってそれでいい。という論理より、周りと違うことは変な人くらいに社会が受け入れてしまっているのでしょう。

みんな違ってみんないい。とかオンリーワンという言葉はありますが、そのようなものは実生活であり実社会では多くの場合求められていないのが現実なのです。

このような背景から、私たちの無限の可能性及び天才性というのは発揮されることがなくなってしまうのです。ですが、決してあなたはそして私たちは凡人なんかではありません。みなが無限の可能性を持って生まれていますし、年齢は一切関係なくいつでもその無限の可能性を持っているのです。

自分は天才なんだ。みんな天才ですごいんだ。と受け入れることでその天才性及び無限の可能性は発揮されていきます。

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