大きな盲点② ——「タンパク質は肉から」という当たり前と、その先にある生命
前回は、糖質制限とケトーシスのお話をしました。私の食には、もう一つの軸があります。月のうち一定の期間を、ヴィーガンとして過ごすことです。
ベジタリアンは、肉や魚は摂らないけれど、乳製品などは口にする食べ方を指します。ヴィーガンは、その乳製品も、出汁に使われる動物性のものも、一切を口にしない。より徹底した食べ方です。
実際にやってみると、すぐに気づくことがあります。スーパーの加工食品も、レストランでの食事やコンビニの食品、その多くに動物性のものが含まれています。何もなさそうな一品にも、鰹や煮干し、鶏などの出汁が含まれているのです。
私がヴィーガンを取り入れたきっかけは、単純なものでした。肉や魚を食べないで済むのなら、食べなくてもいいのではないか。タンパク源は肉や魚から、というのが当たり前の社会で、その「当たり前」に一度、疑問を向けてみたかったのです。
現代の栄養学では、タンパク質は筋肉や爪、髪をつくるのに欠かせず、年齢や活動量に応じた量をしっかりと摂りましょう、と説かれます。ですが、一度考えてみると良いのです。激しく身体を使うスポーツ選手や軍人ならまだしも、電車で通勤し、一日のほとんどを座って過ごす多くの現代人に、本当にそれほどの量が要るのでしょうか。
そして、それほどの量を必要としないのであれば、筋肉を保つためのタンパク質も、必ずしも肉や魚からでなければならない理由はありません。大豆やブロッコリーといった植物からでも、案外、足りてしまうのかもしれません。
そして、この選択は、自分の身体の中だけの話では終わりません。もし私たちが、いま食べている肉や魚の量を、三分の一でも植物由来に置き換えられたら——家畜に与えられている膨大な穀物が、飢えや貧しさのなかにある地域へ、回っていくかもしれません。自分の食卓の選択が、顔も知らない遠くの誰かへと、地続きになっていくのです。
よく、ヴィーガンへの問いとして「動物はだめで、植物ならいいのか」というものがあります。その問いに、私は明確な答えを持っていません。絶対的に正しい食べ方を探しているわけではないからです。大切なのは、自分の意図を持って選ぶこと。誰かに証明するためでも、唯一の正解に従うためでもないのです。
ここまでで、いくつかの「当たり前」が外れたのではないでしょうか。ですが、私が本当にお伝えしたい大きな盲点は、まだ姿を見せていません。次回は、ファスティングのお話をします。続きも、ぜひ一緒にたどってみてください。
