コラム

暗き可能世界に灯を点——現状の外側へ

蓮彩聖基

赤い車を買おうと決めた途端、街中の赤い車が急に目に飛び込んでくる。 妊娠した友人と話した翌日から、なぜか妊婦さんとすれ違ってばかりいる。ピアノを習い始めると、カフェの片隅にも、映画の中にも、ピアノが現れ始める。

これらは一見すると偶然的で不思議な現象に見えますが、偶然などではありません。

コーチングでは、これをスコトーマ(scotoma)と呼びます。厳密には見えていないもの、盲点になっているものを指します。日本語では心理的盲点・認知的盲点といいます。「もともと目の前にあったのに、見えていなかったもの」が、ある瞬間から見えるようになる仕組みを説明する際に使用する概念です。

逆に言えば、私たちはいつも、目の前のほとんどを見ていません。

私たちのマインドは目の前の「単一の現実」を見ているのではなく、あらゆるそして起こりうると想定される無数の世界——可能世界の集合Wの上で動いています。そして人間のマインドは、その無限の世界を、内部の安定性に対する関連度で並べ替えています。並べ替えの順位が低い世界は、文字通り意識に上ってきません。これがスコトーマの正体なのです。

つまり、スコトーマは脳のバグではありません。あらゆる可能性を同時に意識していたら、マインドは一秒も休まりません。ですから脳は、いまの自分のコンフォートゾーン(TCZ: Total Comfort Zone)に関係する世界だけを優先的に映し出し、それ以外を暗くしているのです。

ここに、大事な含意があります。

「いまの自分に関係する世界」しか見えない、ということは——あなたが今見ている世界は、あなたが今の自分であることの「結果」に過ぎない、ということです。

年収500万円の人は、年収500万円の景色だけを見ています。 「自分なんてこんなもの」と心の内側で信じている人は、「こんなもの」を裏づける証拠ばかりが目に入る世界に住んでいます。 意地悪な人ばかりだと感じている人は、優しい人がそこにいる現実を、スコトーマで隠してしまっているだけかもしれません。

ではどうすればよいのでしょうか。どのようにすれば、スコトーマになっている見えない領域の世界を見ていけるのでしょうか。

答えの一つは、現状の外側にゴールを置くということです。「いまの自分ではどう考えても届かない」場所にゴールを設定すると、脳は新しい重要度・関連度の地図を描き始めます。可能世界の順序が組み替わり、これまで暗かった領域に明かりが灯る。チャンス・人脈・情報・言葉——本当はずっとあなたのまわりにあったものが、次々と姿を現します。

そして抽象度を上げるほど、明かりが届く範囲は広がります。自分のことだけを照らしていたランプが、家族へ、社会へ、人間以外の生命へと届く距離を伸ばしていきます。視野そのものが拡がっていくのです。

スコトーマは欠陥ではなく、設計です。設計である以上、書き換えられます。

あなたが「ない」と思っているものは、本当はある。 ただ、いまの自分には見えていない——それだけなのです。

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