女性の生き方

決断できない自分を卒業する|優柔不断を克服する思考法

蓮彩聖基

「どっちが正解?」という問いが迷いを生んでいる

何かを決めなければならないとき、頭の中でぐるぐると思考が巡ってしまう。AとBのどちらがいいのか、比較して、考えて、また迷って。

そんな自分に「優柔不断だな」と嫌気がさしている方もいるかもしれません。

けれど、決断できないことの本当の原因は、性格の問題ではありません。「正解を探そうとしている」こと自体が、迷いを生み出しているのです。

「絶対的な正解」は存在しない

私たちは無意識のうちに「正しい答えがどこかにある」と思い込んでいます。だから、その正解を見つけるまで決められない。見つけられないから、ずっと迷い続けてしまう。

でも、人生において「絶対的な正解」は存在しません。

どの選択肢を選んでも、それが正解になるかどうかは、選んだ後の行動次第で決まります。つまり、決断する前の段階で「正解」を探すこと自体が、そもそも不可能なことなのです。

「正解を探す思考」の裏にあるもの

ああでもない、こうでもないと迷い続けてしまうとき、その奥には何があるでしょうか。

  • 失敗したくない
  • 恥ずかしい思いをしたくない
  • 後悔したくない
  • 周りから批判されたくない

こうした「避けたいこと」への恐れが、正解探しを止められなくさせています。

失敗や恥ずかしさを避けるために「絶対に間違いのない選択」を求める。でも、そんな選択は存在しないから、いつまでも決められない。これが迷いの構造です。

視点を上げると迷いが消える理由

では、どうすれば迷いから抜け出せるのでしょうか。

答えは「抽象度を上げる」ことにあります。

抽象度とは「視点の高さ」

抽象度とは、物事を見る視点の高さのことです。

カメラで例えると、ズームインして細部を見ているのが「抽象度が低い」状態。ズームアウトして全体像を俯瞰しているのが「抽象度が高い」状態です。

迷っているときは、目の前の選択肢にズームインしすぎている状態。「Aを選ぶべきか、Bを選ぶべきか」という狭い視野の中で、答えを見つけようとしています。

目の前の選択にとらわれると本質が見えなくなる

たとえば、転職するかどうかで迷っているとき。

抽象度が低いと「今の会社に残るか、別の会社に移るか」という二択で考えてしまいます。

でも抽象度を上げると、「私はどんな人生を生きたいのか」「何を大切にしたいのか」という本質的な問いが見えてきます。

そうすると、「転職するかどうか」という問いは、もっと大きな問いの一部に過ぎないことがわかります。本当に問うべきは「私が生きたい人生に、この選択はつながっているか」ということなのです。

抽象度を上げる問いかけ

迷いの中にいるとき、次のような問いを自分に投げかけてみてください。

  • 「私は何のためにこれを選ぼうとしているのか?」
  • 「10年後の私から見たら、この選択はどう見えるか?」
  • 「この選択の先に、私が本当に望んでいるものはあるか?」

目の前の「AかBか」ではなく、その選択が自分の人生全体の中でどんな意味を持つのかを考える。それが抽象度を上げるということです。

決断できる自分になるための本質

すべての選択は自分の責任であり、自分の自由である

大人になると、どんな選択も自分の責任になります。誰かが正解を教えてくれるわけでもなければ、誰かが責任を取ってくれるわけでもない。

これは重たく感じるかもしれませんが、裏を返せば「どんな選択でもできる」ということでもあります。

責任があるからこそ、自由がある。

あなたの人生は、あなた自身が選んでいい。誰の許可も必要ありません。

「正しいかどうか」ではなく「私がこれでいいと思うかどうか」

決断できる人と決断できない人の違いは、能力の差ではありません。

決断できる人は「これが正しい」と思っているのではなく、「私はこれでいい」と自分で決めているのです。

外側に正解を求めるのではなく、自分の内側に基準を持つ。「私がこれでいいと思う」という感覚を信じる。それが決断の本質です。

決断とは「決める」こと、そして「断つ」こと

決断という言葉は「決める」と「断つ」で構成されています。

何かを選ぶということは、同時に他の選択肢を断つということ。どちらも手に入れようとすると、結局どちらも手に入りません。

「これを選ぶ」と決めたら、選ばなかった方への未練を断つ。その覚悟があって初めて、決断は力を持ちます。

決断を行動につなげることで人生が動き出す

考え続けても答えは出ない

決断できないまま考え続けていると、時間だけが過ぎていきます。

考えている間は安全な場所にいる感覚があるかもしれません。でも、考えているだけでは何も変わらない。むしろ、考えすぎることで余計に迷いが深まることすらあります。

行動することで初めて見えるものがある

頭の中でシミュレーションを繰り返しても、実際に行動してみないとわからないことがたくさんあります。

やってみて初めて「思ったより自分に合っていた」と気づくこともあれば、「やっぱり違った」と気づくこともある。どちらにしても、行動したから得られた情報です。

行動は、次の選択のための材料を与えてくれます。

「決断できない」のではなく「決断しない」を選んでいる

厳しい言い方になりますが、「決断できない」というのは、実は「決断しない」ことを選んでいる状態です。

「まだ決められない」と言い続けることで、失敗のリスクを避けている。でも、決断しないこともまた一つの選択であり、その結果も自分が引き受けることになります。

決断できないのではなく、決断してしまえばいいのです。

失敗への恐れを乗り越える

失敗しない選択などない

どんな選択をしても、うまくいかないことはあります。完璧な選択、失敗しない選択など存在しません。

だから、失敗を避けようとして決断を先延ばしにしても、意味がないのです。

大切なのは「失敗しないこと」ではなく、「失敗しても自分で引き受けられること」。そう思える選択をすることです。

失敗は終わりではなく、プロセスの一部

失敗したとしても、それで人生が終わるわけではありません。

失敗は、うまくいく方法を見つけるためのプロセスです。「この方法はうまくいかなかった」という情報を得ただけ。次の選択に活かせばいいのです。

失敗を恐れて動けないままでいるより、失敗しながら前に進む方が、確実に望む場所に近づけます。

恥ずかしい思いをする勇気

失敗することより、失敗して恥ずかしい思いをすることを恐れている人も多いかもしれません。

「あの人、失敗したね」と思われるのが怖い。だから、挑戦しない方が安全だと感じる。

でも、考えてみてください。あなたは他人の失敗をそこまで覚えているでしょうか?

恥ずかしい思いをしてでも挑戦する人の方が、何もしない人よりずっと魅力的です。

「決断できる自分」というセルフイメージを育てる

自分で決めた経験を積み重ねる

決断力は、生まれつきのものではありません。自分で決めた経験を積み重ねることで育っていくものです。

最初は小さなことでも構いません。ランチのメニューを迷わず決める。今日着る服を直感で選ぶ。そうした小さな「自分で決める」経験が、「私は決断できる人間だ」というセルフイメージをつくっていきます。

決めたことを自分で肯定する

何かを決めた後に「やっぱり別の方がよかったかも」と後悔するのは、決断力を弱めてしまいます。決めたら、その選択を自分で肯定する。「私はこれでいい」「これが私の選択だ」と認めてあげる。

たとえ結果が思い通りでなくても、「あのとき自分で決められた」という事実は変わりません。その経験が、次の決断への自信になります。

「自分の選択は正しい」と信じる

最終的に大切なのは、「自分の選択は正しい」と自分で決めることです。

外側に正解があると思っているうちは、いつまでも迷い続けます。でも、「自分が選んだものが正解になる」と決めてしまえば、もう迷う必要はありません。

あなたが選んだから、それが正解。あなたが決めたから、それでいい。

そう思えるようになったとき、「優柔不断な自分」は卒業です。

自分を信じて、一歩を踏み出す

決断できない自分が嫌だと感じるのは、本当は「自分で決めて、自分の人生を生きたい」と思っているからではないでしょうか。

その気持ちがあるなら、あなたはもう変われる準備ができています。

絶対的な正解を探すのをやめて、自分の内側に基準を持つ。「私はこれでいい」と決めて、行動に移す。それだけで、人生は動き始めます。

あなたには、自分の人生を自分で決める力があります。その力を、もう一度信じてみてください。

ABOUT ME
蓮彩 聖基 (はすたみ こうき)
蓮彩 聖基 (はすたみ こうき)
パーソナルコーチ
1997年 青森県生まれ。苫米地式コーチング認定コーチ養成講座 第7期修了。ドクター苫米地ワークス修了。田島大輔グランドマスターコーチに師事。認知科学者 苫米地英人博士より、無意識へ深く働きかける「内部表現の書き換え」や、コーチングの技術を習得。
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