自己実現

仕事だけを追いかけていた26歳の亜美が、入院先で出会った「人生のバランス」という教え

kokihasutami

朝6時に起きて、終電で帰る。

亜美はそんな毎日を送っていた。26歳、営業部でトップの成績を誇り、上司からの信頼も厚い。誰もが認める「デキる女性」だった。

でも、ある朝のこと。

いつものように出社の準備をしていた時、突然視界が歪み、そのまま意識を失った。

気がつくと、白い天井が目に入った。病院だった。

「過労ですね。このままだと心臓にも負担がかかります。最低2週間は入院してください」

医師の言葉が、まるで遠くから聞こえてくるようだった。

亜美は信じられなかった。まだ26歳なのに、過労で倒れるなんて。

病院の掲示板で見つけた一枚の案内

入院3日目。

点滴を受けながらベッドで過ごす日々は、亜美にとって初めての「何もしない時間」だった。

スマホを見れば仕事のメールが溜まっている。でも、体は動かない。焦りだけが募っていた。

そんなある日、トイレに向かう途中で病院の掲示板に貼られた一枚の紙が目に留まった。

「心と体を整えるレクチャー 無料開催」

特にやることもなかった亜美は、気晴らしのつもりで参加することにした。

「人生は車輪のようなもの」

会場には、同じように入院している患者が数名集まっていた。

そして、穏やかな雰囲気の男性講師が前に立った。

「今日は、人生のバランスについてお話しします」

その言葉を聞いた瞬間、亜美の胸がざわついた。

講師は白いボードに円を描き始めた。

「人生には、いくつかの大切な領域があります。この円を、8つに分けてみましょう」

円が8つに分割されていく。

「仕事とキャリア、健康、家族、友人関係、お金、趣味と楽しみ、学びと成長、そして心の充実。これらは一般的に人生を構成する8つの領域です」

講師は円を指差しながら続けた。

「この円を、車輪だと思ってください。もし、この車輪の一部が欠けていたら、車はどうなると思いますか?」

「まっすぐ走れない」

誰かが答えた。

「その通りです。ガタガタと揺れて、スムーズに進めなくなります。人生も同じなのです」

亜美の心臓が早く打ち始めた。

欠けていた車輪

講師の説明が続く。

「多くの方が、一つか二つの領域だけに全力を注いでしまいます。例えば、仕事とお金だけ。あるいは、恋愛と結婚だけ。でも、そこで何か問題が起きた時、人生全体が崩れてしまったように感じるのです」

亜美は自分の人生を思い返した。

仕事は?確かに充実していた。でも、健康は?友達との時間は?趣味は?

気づけば、亜美の人生の車輪は、仕事とお金だけが異常に大きくて、他の部分はほとんど空っぽだった。

「車輪が歪んでいると、どんなに頑張ってアクセルを踏んでも、前には進めません。むしろ、車体全体に負担がかかって、いつか壊れてしまうのです」

亜美は思わず自分の腕を見た。点滴の針が刺さっている。

「もし、自分の人生が今バランスを失っているとしても、それは悪いことではありません。気づいたこの瞬間から、変えていくことができるのですから」

講師の優しい声が、会場に響いた。

レクチャー後の出会い

レクチャーが終わると、亜美は迷わず講師のもとへ向かった。

「あの、少しお話を聞いていただけませんか?」

講師は優しく微笑んだ。

「もちろんです。どうぞ」

亜美は堰を切ったように話し始めた。

「仕事ばかりしていました。結果を出すことが、自分の価値だと思っていたんです。でも、体を壊して、友達とも疎遠になって、気づいたら何も残っていなくて」

声が震えた。

講師は静かに聞いていた。

「今日の話を聞いて、はっとしました。私の人生の車輪、仕事だけが大きくて、他は全部小さいんです」

「気づけたことが、素晴らしいですね」

講師は優しく言った。

「入院している間に、ゆっくり自分と向き合ってみてください。そして、それぞれの領域で、亜美さんはどうなりたいのか。それを考えてみるといいですよ」

亜美は名刺を受け取った。

「もし、退院後にまた話を聞きたくなったら、いつでも連絡してください」

入院中の内省

その日から、亜美は病室で自分と向き合う時間を持った。

ノートを開き、8つの領域を書き出した。

仕事・キャリア
確かに大切。でも、命を削ってまでやることではなかった。

健康
完全に無視していた。体が資本なのに、なぜ気づかなかったんだろう。

家族
実家の両親とも、ここ数ヶ月まともに話していなかった。

友人関係
いつも「忙しい」と言い訳して、誘いを断っていた。

お金
稼いではいたけど、何のために稼いでいるのかわからなくなっていた。

趣味・楽しみ
学生時代は写真が好きだったのに、カメラさえ押し入れにしまったまま。

学び・成長
仕事のスキルは磨いていたけど、人間としての成長は止まっていた。

心の充実
自分の心の声を、ずっと無視していた。

書き出してみると、改めて自分の人生がいかにバランスを欠いていたかが、はっきりと見えてきた。

亜美は決めた。

退院したら、会社を辞めよう。そして、自分の人生を一から作り直そう。

退院後の再会

2週間後、亜美は無事に退院した。

会社には退職の意向を伝え、1ヶ月後に退職することが決まった。

そして、あの講師に連絡を取った。

「お久しぶりです。入院中にお世話になった亜美です。もし可能であれば、もう一度お話を聞いていただけませんか?」

講師は快く応じてくれた。

カフェでの対話

約束の日、二人はカフェで向かい合った。

「退院おめでとうございます。お体は大丈夫ですか?」

「はい、おかげさまで。あの後、色々考えて、会社を辞めることにしました」

講師は驚いた様子で聞いた。

「それは大きな決断でしたね」

「はい。でも、このまま同じ人生を続けたら、また倒れると思ったんです」

亜美はノートを取り出した。

「入院中に、8つの領域それぞれについて、どうなりたいか考えてみました」

ノートには、びっしりと文字が書かれていた。

「見せていただいてもいいですか?」

講師がノートを手に取る。

8つの領域に描いた未来

亜美のノートには、それぞれの領域に対して、具体的な未来の姿が描かれていた。

健康の領域

「毎朝7時に起きて、30分のヨガをする。週に3回はジムで体を動かす。夜は23時までにはベッドに入る。バランスの取れた食事を自分で作る。80歳になっても元気に動ける体でいる」

仕事・キャリアの領域

「週4日のフリーランスとして働く。自分のペースで、でも責任を持って仕事をする。クライアントから信頼される存在になる。仕事を通じて社会に貢献していると感じられる働き方をする」

友人関係の領域

「月に一度は、大切な友達と会う時間を作る。心から笑い合える関係を大切にする。困った時に相談できる友達でいる。友達の大切な日には駆けつける」

家族の領域

「定期的に実家に帰る。両親とゆっくり話す時間を持つ。家族の誕生日や記念日を大切にする。将来、自分が家庭を持った時に、温かい家庭を築く」

お金の領域

「生活に必要な収入を確保しながら、貯蓄もできる状態でいる。お金に振り回されるのではなく、お金を自分の価値観に沿って使う。将来のために計画的に資産を作る」

趣味・楽しみの領域

「カメラを持って出かける。写真を通じて、日常の美しさを見つける。いつか写真展を開く。人生を楽しんでいる自分でいる」

学び・成長の領域

「月に10冊は本を読む。新しいことに挑戦する。失敗を恐れず、そこから学ぶ。5年後の自分が、今の自分を誇れるように成長し続ける」

心の充実の領域

「自分の心の声を大切にする。やりたくないことは断る勇気を持つ。自分を責めず、優しく接する。毎日、小さな幸せを見つける。心が満たされている状態でいる」

「すごいね、亜美さん」

講師はノートを閉じて、亜美の目をまっすぐに見た。

「すごいね、亜美さん」

その言葉に、亜美の目に涙が浮かんだ。

「本当にすごい。それぞれの領域に、こんなに具体的に未来を描けている。しかも、どれも亜美さん自身の言葉で書かれている」

講師は続けた。

「多くの人は、どうなりたいかと聞かれても、漠然としたことしか言えないんです。でも、亜美さんは違う。それぞれの領域で、どんな自分でいたいか、どんな行動を取りたいか、はっきりと描けている」

「でも、本当にこんな風になれるでしょうか?」

亜美の不安そうな声に、講師は優しく答えた。

「なれますよ。だって、亜美さんはもう気づいているから」

「気づいている?」

「自分の人生の車輪が歪んでいたことに。そして、それをどう整えればいいかにも。気づいた人は、必ず変われるんです」

バランスが取れた車輪は、どこまでも進んでいける

講師はコーヒーカップを手に取りながら話し続けた。

「これから亜美さんは、この8つの領域すべてを大切にしながら生きていく。最初は大変かもしれない。でも、必ずある時点で気づくはずです」

「何に気づくんですか?」

「すべての領域がつながっているということに」

講師の目が優しく輝いた。

「健康的な生活を送れば、頭がクリアになって仕事の効率が上がります。友達との時間は、新しいアイデアを生み出すきっかけにすらなります。趣味を楽しむことが、心の充実につながり、それがまた仕事への活力になります」

亜美は真剣に聞いていた。

「バラバラだった時は、人生が停滞していたのに、バランスが取れてくると、まるで歯車が噛み合うように、すべてがスムーズに回り始めるんです」

「車輪が、ちゃんと回るようになるんですね」

「そう。そして、バランスの取れた車輪は、どこまでも進んでいける。亜美さんの人生は、これから本当に動き出しますよ」

新しい人生の始まり

カフェを出る時、亜美は清々しい気持ちだった。

不安がないわけではない。これから本当にうまくいくのか、わからないこともたくさんある。

でも、確信があった。

あの時、病院で講師に出会えて良かった。

人生のバランスという考え方を知れて良かった。

そして、8つの領域それぞれに、自分の未来を描けたことが良かった。

亜美は空を見上げた。

青い空が、どこまでも広がっていた。

これから始まる新しい人生。

8つの車輪がバランスよく回る人生。

どんな景色が待っているのだろう。

亜美は、期待に胸を膨らませながら、一歩を踏み出した。

すべての領域が調和した、本当に豊かな人生へ向かって。

ABOUT ME
蓮彩 聖基 <br>(はすたみ こうき)
蓮彩 聖基
(はすたみ こうき)
パーソナルコーチ
1997年 青森県生まれ
苫米地式コーチング認定コーチ養成講座 第7期修了
ドクター苫米地ワークス修了
田島大輔グランドマスターコーチに師事
認知科学者 苫米地英人博士より、
無意識へ深く働きかける「内部表現の書き換え」や、コーチングの技術を習得
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