全ては思いのまま——あなたの世界は、あなたの認知から立ち上がる
全ては、あなたの思いのままに。全ては、上手くいっている。——もし本当にそうなら、これほど心強い言葉はありません。
仕事も、お金も、人間関係も。うまく回らないことを数えれば、いくらでも出てくるかもしれません。だからこそ「全ては思いのまま」という言葉は、どこか他人事のように、ときには無責任にすら、聞こえてしまうのです。
ですが、ここで一つ、確かめておきたいことがあります。私たちは、目の前の出来事を、そのまま受け取っているわけではない、ということです。
同じ雨の日でも、ある人には憂うつな灰色に映り、ある人には、本を読むのにちょうどいい一日に見えます。出来事は一つでも、そこから立ち上がってくる世界は、人の数だけあるのです。
私たちは、世界をそのまま見ているのではありません。自分の認知——ものの感じ方や、意味づけの仕方——を通して、世界を、いわば毎瞬つくり出しているのです。
これは、難しく考える必要はありません。同じ街を歩いても、犬を飼い始めた人には、急に犬ばかりが目に入る。それと同じようなことが、人生のあらゆる場面で起きているだけのことなのです。
だとすれば、「全ては思いのまま」とは、願えば叶う、という魔法のような話ではありません。あなたが望もうと望むまいと、あなたの世界は、すでにあなたの認知から立ち上がっている——そういう話なのです。
問題は、その立ち上げ方の主導権を、自分が握っているかどうかです。自分のマインドの舵を、自分の手で握ること。私はこれを、認知主権と表現しています。
では、「全ては上手くいっている」のほうは、どうでしょうか。これは、つらいことなど何もない、という意味ではありません。
私たちが「失敗した」「もう終わりだ」と感じる時、その出来事を、固定化された一つの点として見てしまいがちです。ですが、世界には、止まっているものは一つもありません。すべては、関係の中で、移り変わり続けています。これを、縁起といいます。つながりの中で、絶えず生まれては変わっていく、ということです。
固定化された失敗が存在しないのなら、今の一点は、まだ変化途中の一場面に過ぎません。長い目で見れば、それはしっかりと、次へつながっていきます。「上手くいっている」とは、この、移り変わっていく過程そのものを指しているのです。
もちろん、痛みが、その場で消えるわけではありません。つらいものは、つらい。それを、無理に明るく塗り替える必要はありません。ですが、その痛みさえ、固定化された結末ではなく、移ろっていく途中なのだと、心の片隅で知っておく。それだけで、世界の立ち上がり方は、少しずつ変わっていきます。
そして、あなたが選び直す世界は、あなた一人だけのものではありません。あなたの認知が変われば、周りとの関係も、その関係の先にいる誰かも、少しずつ変わっていきます。
ですから、今日、何かが思うようにいかなかったとしても、それを「うまくいっていない証拠」として認識する必要はないのです。一度、受け取り方を、自分で選び直してみてください。同じ出来事から、別の世界を立ち上げることは、いつでもできます。
そして、本当に望む生き方が、あなたの中で、ありありと立ち上がってきたとき——世界は、その望む側から、つくられ始めます。
全ては、思いのままに。それは、何でも叶うという約束ではなく、あなたの世界の認知主権は、はじめからずっと、あなたの中にある、ということなのです。
全ては上手くいっています。あなたの、思いのままに。
